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とりつかせいプラクティス.整骨院 日々の気付きブログ

バランスを整える時に大切な存在

満腹は幸せ でも バランスは??

 

たくさーん食べて、お腹いっぱいの時、

昨日食べ過ぎた・・・お腹重い・・・

 

そんな時に、いい姿勢でバランスよく動くって難しいですよね。

それでも、まぁまぁ動けます。

それは、バランスを取る主役は、目や耳といった、顔周辺にある感覚器官だからなんですね。

腸を労わるのと同じくらい、目や耳もにも優しくしよう!というお話です。

ちょっと長いですが、ぜひ、お付き合いください。

 

 

腸に優しい方々増えてます!!

 

ファスティング・断食・腸活

食事の質であったり量であったり、腸にとって負担がかかりすぎるということで、腸そのものを休めたり、溜まった毒素を排泄するという目的で、断食や1日1食などの食事法が進められています。

これに関しては、腸に関して言うのであれば、僕も賛同しますし、実際に食事を摂らず、水分とミネラルなど最低限の栄養を摂り、出来るだけ腸への負担をかけない生活をする時間を取ると、調子が良くなる感じがするのは実感します。

ただ、食事法は個人個人様々な背景がありますので、無理に一つの方法を強引に推し進めるのはお勧めできませんが、 『腸を休める』時間を取る事は、現代ではとても重要だと思います。

 

一度口から入った食物は、胃から小腸、大腸と巡り、消化吸収され排泄されるまで、約24時間かかるそうです。

それだけ、食べ物を体内で必要ー不必要を仕分ける事って時間がかかる大変な作業なんですね。

だから、たまには腸にも休息を与えると考えれば、1日の中や一週間の中で、腸に優しい時間を作ってあげようと思えてきますよね。

 

必要なものと不必要なものを選択処理しているのは 

    『腸』 だけじゃない!

 

 

今日の本題はここから。

 

口から入った食物は処理が完了して、不要なものを体外へ排泄するまでに、約24時間。

 

では、目から入った情報は、どれくらいの頻度で処理されているのか、 耳から入った情報はどうでしょうか?

目から入る情報や耳から入る情報は、自分が意識的に認知している量よりもはるかに多いです。

そうでなくても、流れている情報が多く、欲していなくても入ってくる状況です。

能動的に受け取る情報と

受動的に受け取ってしまった情報、

そして反動的に受け取りたくないけど、仕方なく受け取らなければならず受け取った情報。

 

それぞれに、処理する負荷に違いはあれど、 1日の中で、1時間の中で受け取る情報はかなりの量です。

 

食物と情報では、処理の質は違うにしても、目や耳は全く平気か?と質問したら、

『なかなか大変です』 と、

答えが返ってきてもおかしくはなです。

 

例えば、胃や腸は、食べ過ぎたりしたら、重さを感じます。

内臓も正直です。 疲れた時は、ちょっと位置が下の方や後ろの方へ下がります。

 

では、目や耳はどうでしょうか?

 

『目』や『耳』にも優しさを。

 

目は眼精疲労をお持ちの方ならお分かりかと思いますが、 重かったり目の奥が痛いという事がものがたるように、 目も、疲れると位置が下や後ろの方へ下がります。 


これ、耳にも起こります。

 

人全体で考えても、苦手なモノや、今は欲しないものと対峙したときには、ちょっと体が重くなったり、少し後ろへ引かれる感じはしないでしょうか?

この感じが、臓器単体や目や耳にも起きてもおかしくはないと思います。

情報量の多さなのか、その質なのかはわかりませんが、 目や耳も疲れて 『もう見たくない、聞きたくない』 と、後ろへ下がっています。

 

もちろん、休めてあげる事は大切です。

ただ、休めるために位置を変えた状態で、日常を過ごす事で、体のバランスを崩している状況があります。

 

お腹いっぱいで、胃や腸が重い時に、真っ直ぐいい姿勢で立ちづらいですよね。

 

それでも、そこまでバランスを崩さずに動けるのは、 目や耳、といった、顔周辺にある感覚器官がバランスをとるからなんですね。

では、目や耳をふさぎながら、真っ直ぐに立って、歩けるでしょうか?

目の位置が後ろに下がる状況は、少しまぶたを閉じるように、半目の状態にするとできます。

目を半目の状態でうっすらと開けている時と、 大きく開いた状態とでは、体のバランスは大きく変わると思います。

これが日常のなかで知らず知らずのうちに起きている状況です。

 

バランスの取りずらい姿勢をとっていると、体は疲れやすいです。

体のバランスを保つために大切な要素となる、目や耳の位置を整えておく。

 

そんなに長い時間でなくていいので、

 

  1. 目を前に出すように、大きく開く。
  2. 耳を外側に広げるように、普段よりもより遠くの音を聞くようにする 。

 

これだけでも、朝の行動前に取り入れてもらうだけでも、すこし動きやすさが出ると思います。

 

頭蓋骨調整と自律神経と身体のバランス

 

 

眼球の位置や耳の位置と関連する頭の骨があります。

蝶形骨と側頭骨という骨です。

二つとも、自律神経とても関わりが深く、 また、尾骨や骨盤などにも関連のある骨になりますので、自ずと、身体のバランスにも関係が出てきます。

 

普段のセルフケアとともに、これらの頭蓋骨の動きを整えておく事は、体調を整えたり、体のバランスを整える上では重要になります。

 

今回のように、大きな台風の前後は、気圧の変動と共に、体にも変化が起きています。

変化すること自体は問題とは思いませんが、 あまりに変化が多くそして、大きいと、その蓄積により、体調へも影響が少なからず出てきます。

一つ一つが小さいうちに、あまり積み残さない事が大切です。

 

やっと風も収まった感じです。

一夜明けてみないと、全体像は見えてきませんが、 あまり被害などが大きくならないことを願います。

 

当院では、初めてですが、雨漏りが・・・発生しました。 建造物のケアは専門外なので、ちょっとナーヴァスですが、共に日々過ごしている仲なので、労ってあげないといけませんね(>人<;)

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ブレを小さくする

ぶれる とは?

1、あるべき場所から振れ(ふれ)動く。

2、意志や政策が一定しなく、優柔不断である。

(wiktionary参照)

 

当たり前のことかもしれませんが、 止まっているよりも、動いているほうが、エネルギーは使います。

そして、その動く距離が大きい、または、回数が多いほど、エネルギーは多く必要となります。

止まっているよりは、動く方が 歩いているよりも、

走っているほうが 踵上げ運動よりも、ジャンプしたほうが 使われる体力が多いのはなんとなくわかる気がします。

 

同じ歩くにしても、足元が平らで安定している場所のほうが、不安定な場所よりは、大変ではなく、楽だと思います。

人が楽と感じるのは、このエネルギーの消費という観点からすれば、体の動く量が小さく、少ない時なのでしょう。

 

では、同じ場所で、同じくらいの速さで歩いていたとしても、楽と感じる場合と、そうでもない場合があるのは何故なのでしょうか?

また、立っている時や座っている状態の時は、 体の移動はしていないのに、楽と感じる時と、そうでない時があったり、

人によって、楽と感じている人と、そうでない人がいるのは何故なのでしょうか?

 

それは、動いている、動いていないといった、動作の種類の違いや立っている、座っているといった姿勢違いに関わらず、 その個々の『状態』にブレがあるか、ないかの違いです。

 

『状態』=『姿勢』ということでしょうか?

 

体の構造の課題に焦点を絞れば、そう言うことになります。

体の構造の課題である、歪みを整えて、『姿勢』が良くなれば、 歪みがあって、『姿勢』が良くないよりは、楽になると思います。

ただ、 『姿勢』が物凄く良い人が、 走りたくもないのに、走らないといけない状況で、『姿勢』良く走ったとしたら、 恐らく、楽ではないでしょう。

それは、姿勢は良くても、『状態』が不安定だからですね。

 

この場合の『状態』は、したくもない事をしなければいけないという、自分の意識のブレです。

 

身体的な姿勢のブレと、意識的なブレを少なくすることで、その『状態』のブレは少なくなり、結果として楽な状態になります。

 

短絡的に言えば、身体、姿勢を整えて、自分がやりたい事をしている状態が良いと言えるのだと思います。

 

姿勢は外見上の変化が実際に見えるので、そこまで、表面的と潜在的な部分での違いは出にくいですが、 意識に関して言うと、表面的な部分と潜在的な部分との違いがある場合があります。

 

裸のまま生まれてきた赤ちゃんは、それまでお母さんのお腹の中で羊水と呼ばれる液体に囲われていました。

その皮膚に当たる環境が急に空気に変わり、いつしか、服を着ることが当たり前となり、皮膚には大半の時間衣類が当たることになっています。

それでも、潜在的な部分では、肌触りのよいものを好んだり、適切な温度の湯船につかる事で、リラックス出来たりします。

 

当たり前のような事だけど、そこには表面的な部分と潜在的な部分のブレがある事になりますよね。

 

生きていく上で必要な事 と 本能的に求めている事 には、 違いがあります。

 

違いを感じるからこそ、『ブレ』が発生し、その『ブレ』がまた新しい『ブレ』を増やしていきます。

 

違いは悪ではなく、それが生物としての進化を生むことも確かです。

 

様々な体験を繰り返す中で、生きていく上で必要な事と本能的に求めている事の違いに、ある意味、"落とし所"をつけていきながら、成長していきます。

 

この "落とし所" は、『解釈』 とも言えると思います。

 

そして、この『解釈』が、ブレを生んでいくのだと思うんですね。

決してブレが悪いということを言いたいのではなく、 そして、ブレを小さくしてはいきたいけど、完全に無くしたい訳でもないのですね。

 

不安定で、ブレ易いからこそ、そこに自由度があって、可能性があるのです。

 

ブレが大きくなったら、また、修正しブレを小さくする。

 

それを繰り返す中で、 社会的な必要性 と 本能的な欲求 の間には、確かに違いがあって、どこか妥協したり、抑制したりしないといけない部分もあるかと思います、

ですが、 その両者間には、違いだけでなく、共通項、関連性や繋がりがあったり、

どちらが優位かという、縦の繋がりだけでなく、

互いに協調する、横の繋がりでもあることに気がついていくのかもしれません。

 

身体が疲れる、身体が不調になる、 そこには、ブレが存在する 疲れたり、不調を経験したからこそ、ブレの存在に気がつけた。

 

そして、そのブレを小さくすると、 その疲労感や不調が緩和する。

大きくなったブレを小さくする。 その経験・体験の中で、様々な事に気がつく。

となると、 疲労や不調は、気が付ける何かに出会うための経験や体験という事にならないでしょうか?

 

ブレを小さくすると、歩いたり走ったりするのが、とっても楽です♪

と、今朝、ジムのランニングマシーンでの出来事を気楽な感じでお伝えしようと思い書き始めたのですが、

 

そんな思いとは裏腹に、ブレブレな文章が完成してしまいました。

 

今回も最後までたどり着いて下さった方、有難うございましたm(__)m 

 

 

フィルター

フィルター

 

一番身近なところでいうと、掃除機でしょうか?

掃除機は、ゴミを空気と一緒に吸い込んで、吸い込んだゴミだけを残して、空気を外へ排気します。

ゴミと空気とを分離させる時に『フィルター』というものが必要になります。

今の掃除機は何段階、何層にも様々なフィルターを通すことで、ゴミと空気を出来るだけ細かく分離して排気する空気の中にゴミを残さないようにしています。

 

フィルターは、必要と不必要との間に存在します。

 

何を必要とし受け入れて、

何を不必要とし拒否するか、

 

柔軟か頑固か。

 

どちらも必要な要素です。

 

何に対して、寛容で、

何に対して、否定的か、

 

どんな条件のフィルターを自分は持っているのだろうか?

 

そのフィルターは、なにかの弊害になってはしないだろうか?

 

ま、そんな事は知らなくても、考えなくても良いのですが。

 

構造や仕組み自体は、機械とかと同じようではあるものの、

 

その一様でない様子は、やっぱり生物、ことヒトというのは、面白いなと思う、火曜日の夜でした。

身体との対話

『かくれんぼ』と言えば・・・!?

 

 

もういいかい?

まぁだだよ。

 

もういいかい?

まぁだだよ。

 

もういいかい?

もういいよ。

 

 昔、僕が幼稚園とか小学生の頃、『かくれんぼ』といったら、

鬼担当の人が、

もういいいかい? と、伺う。

逃げる担当の人が自分の準備状況を加味して、 まだ、準備が整っていなかったら、

まぁだだよ。 と、返答する。

 

そして、少し頃合いを見て、 鬼担当が伺う。

もういいかい?

 

すると、逃げる担当が答える。

 

(いや)まぁだだよ。(そんなすぐには準備できないよー)

 

この時点で、鬼担当と、逃げる担当の準備にかける時間の感覚のズレがあります。

そして、鬼担当、今度こそはと、満を持して伺う。

 

(さすがに)もういいかい?(もういいでしょ。)

 

ついに、待望の返事がやってくる。

(だがしかし、逃げる担当からしてみたら、もう準備いいけど?まだなの?)

 

最後まで両者の時間感覚の差は埋まらないまま、その時がやってきた。

 

もういいよ。

 

満を持して、鬼が動き始める。

 

ひと昔前の、かくれんぼってこんな感じでしたよね?

 

対話の基本は質問と返答

 

 

もういいかい?

 

と、伺い、返答を待つ。

 

まだだよ。

 

と言われれば、待つ。

 

個人的な時間感覚のズレを認識する。

自分では、もういいかと思ったけど、まだだったか。

 

相手の心情を考慮しつつ、再度伺う。

もういいかい?

まぁだだよ。

 

そうか。まだか。

(自分の価値観の中の待ち時間を超えていることに少し憤りを感じつつ、"その対象が対象なだけに"、個人の価値観を押し通せないのは理解する)

 

再度、自分の中の価値観とそうでない価値観を考慮しつつ、伺ってみる。

もう、いいかい?

 

もう、いいよ。

(相手方も待っていたかもしれない。この両者の価値観のズレは徐々に埋めていくしかない。ましてや、相手が"自然"だとしたら、その自然に個人の価値観は強要できないのは、十分に理解できる、はず。)

 

もちろん、両者間で価値観を共有して、少しずつ擦り合わせていく事もあります。

ただ、相手が"自然"だと知った時点で、その変動制とある程度規則性への理解と、個人的な価値観での強要は期待すること以上はしないほうが、自然への敬意である事への理解はしている。

その価値観が合致する時が来るときもあります。

 

種を蒔いて次の日に芽がでる事は期待できない。

ましてや、種を蒔いて次の日に果実や実がなるなんてこともない。

むしろ、種も蒔いてないのに、実りを待っていてもその時は来ない。

 

種を蒔いて、栄養がしっかりその種に行くように雑草を手入れしながら、時期を期待しながら待つ。

 

もういいかい?

もういいよ。

 

自然には順序があり、時期がある。

 

わかってはいるけど、目の前に実りをまだかまだかと待っている人がいたら、どうにかしてあげたくなるのは、ただのエゴになってしまうのでしょうか?

 

強要や強制は、エゴの要素が強いかもしれません。

 

期待しながら待つ。

期待はエゴでしょうか?

んー。

 

希望を持つ。期待する。

 

そのあたりの違いは、まだ僕にはわからないですが、 エゴの片鱗でもあるかもしれない期待に対して、自然が少し寄り添ってくれる状況もあり得ないことではないと思います。

 

でも、それは、自然に対して待てるスタンスがあってこその結果であるのだと思うんですね。

 

こちらの価値観を押し通すだけではなく、相手方の価値観を共有しつつ共存していく。

 

もういいかい? と伺い。

相手の反応をみる。

まぁだだよ。

もう一度。

もういいかい?

もういいよ。

 

この繰り返しを何度も行ううちに、 お互いの理解が進むにつれて、

もういいかい? と もういいよ との間が少しずつ間隔が短くなってくるときがあります。

 

価値観や認識の共有

 

 

体、体内環境も自然環境と少し似ているところがあり、 自分だけの価値観だけでは、その通りいかない側面もあります。

 

自分 と 身体 

自分 と 体内環境

 

自分と身体・・・?

 

自分と身体って、自分の身体は自分でしょ。

 

と、思われるかもしれません。

 

ただ、ぎっくり腰や五十肩など痛みや不調を経験された方は、

自分の意思ではどうにもなってくれない体があるというのは、経験上、なんとなくご理解いただけるのではないでしょうか?

 

自分 と 身体 の価値観の違いや認識の違いが、不調や痛みだと、個人的には考えています。

 

昔はこんなんじゃなかった・・・

若い時はもっと身体が自由に動けたのに・・・

 

自分 と 身体 の関係性で言うと、【身体】のほうが【自分】に対してとても献身的だと思います。

様々な無理難題をクリアにしてくれています。

 

逆に【自分】はというと、身体は自分のものだと勘違いし、自分の身体は自分の言う事を聞くものだと思ってしまいがちです。

 

献身的な【身体】と自分勝手な【自分】との関係性が崩れた時に、不調という形で【身体】からのSOSが発信されます。

 

幸か不幸か、痛みや不調と出逢った時というのは、自分の身体と対話をする時期なんだと思います。

 

いきなり、身体との対話って・・・ちょっと意味が分からない・・・

 

そんな時は、「ちょっと意味が分かりません」と、当院へお越しください。通訳します(笑)

 

『身体との対話』終わりになります。

 

最後まで、読んでいただきありがとうございます(#^^#)

 

 

 

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夏バテ対策 続き【熱放散を効率的に】

前回、『夏バテ対策【脳を冷やして、身体を冷やさない】』 の続きになります。

 

外部の要因 と 内部の要因

 

《熱に弱く敏感な脳》に対して、水冷式で冷やすと効率よく冷やすことができるので、脳の内部に向かう血管がある首の後ろ側、後頭部のあたりを氷枕やアイスノンで冷やすと、体感温度が変わり、身体の冷やしすぎを防げますよ。

といった内容を書かせてもらいました。

 

エアコンなどによる空気の温度を下げる事。

氷枕などで局所の温度を下げる事。

 

これらは、❝自分の体の外の要因❞です。

 

では、❝自分の身体の中の要因❞はどうでしょうか?

 

体力や習慣などの個々の差はもちろんありますが、同じような環境でも暑さに対する抵抗力はまたそれぞれです。

それは、身体の内部の要因の差とも言えると思います。

 

身体内部の要因とは、 ざっくり言うと【体温調節機能】です。

 

この【体温調節機能】の指令役が、脳の中心部の深いところ《視床下部》という所にあります。

体温調節の指令役は 体温が低下すると、熱産生をして体温を上げ、 体温が上昇すると、熱放散をして体温を下げるように、体全体に指示を出します。

熱放散とは、体温が上昇した際に、体表に近い血管を大きく広げて、熱を体外に逃すようにします。

なので、暑く感じる時には、皮膚が少し赤くなります。

あとは、汗をかくことや、呼吸によって身体の中の熱を外へ逃がすようにします。

身体の中心より遠く離れた、足先や手先は、身体の中でも熱放散がしやすい場所です。

 

血液を含めた、体液の循環が良好な場合、冷やされた、手先や足先の体液と体の中心部の暖かい体液をうまい具合に循環させ、適切な温度を保とうとします。

 

ですので、顔や頭が暑く、手足が冷たいという方は、その辺りの調節が少し停滞している可能性があります。

 

特に、脳は熱に弱く敏感な器官なので、身体のどの部分よりも早く温度を下げようとするために、口や鼻で行う呼吸とは、少し異なる"脳の呼吸"を行い、脳の機能を維持しています。

この脳の呼吸が十分に出来ていないと、 顔まわりや頭周りに熱がこもっていると感じる事があるかもしれません。

 

自分の身体の要因≒能力を整えておく

 

身体全体の体液循環

 

体温調節機能

 

脳の呼吸

 

これらの、身体の中の要因を整えておく事と、 身体の外の要因(環境や様々なグッズ)を組み合わせる事が、より夏バテや熱中症の対策には大切になると思います。

 

治療院の中という、室内で仕事をさせて頂いている身であり、外で仕事をされている方や、移動等で外に出ないといけない方と同様の環境ではない自分が、 熱中症のことや夏バテに関して注意喚起するのも、何か違う気もしますが、

"身体を整える"という観点から、皆様のお役に立てればと思います。

当院では、 頭蓋骨の調整によって、脳の呼吸を整え、 背骨や骨盤の動き、位置を整えることや、筋肉や関節の調整によって、全身の循環を整える事を行っております。 この時期の夏バテ、熱中症の対策、予防を、お考えの方はご相談下さい。

 

当たり前の事ですが、自然環境に全く同じという事は滅多にないとおもいます。

時間の経過とともに移り変わり、その年ごとに様々な状態を見せてくれるのが自然です。

ありがたくも、その自然の中で生かして頂いている存在であるならば、その環境に出来るだけ順応できるような準備はしておくことが必要じゃないかと思います。

 

空冷式と水冷式の両刀遣いで、夏を楽しみましょう!!

 

おしまいです。 今回も、最後まで読んで頂き有難うございますhappy022019811164715.jpeg

夏バテ対策【脳を冷して、体は冷やさない】

【空冷式】か【水冷式】

 

 

車やバイクのエンジンなどは、駆動力を生み出すと同時に熱が発生します。

その熱があまり高くなると、エンジンの作動に問題が生じる為に、冷やす工程が必要になります。

 

その工程に、【空冷式】と【水冷式】というものがあり、 読んで字のごとくなのですが、 空冷式は、空気で冷やす。 水冷式は水(液体)で冷やす。 という違いがあります。

 

熱いものを冷ますときに、口でふーふーして冷ますよりも、水に浸けちゃったほうが早く冷えますよね。

それぞれに、メリットやデメリットがあるのでしょうが、効率よく冷やすのは、水冷式なんだろうと思います。

 

身体は基本的には冷やさないで、温めたほうが血行もよくなりますし、体温が高い方が免疫力が高いと言われもします。

ただし、身体の中にも熱に弱いところがあります。

 

それが、『脳』なんですね。

 

脳は、水分をたーっぷり含んだ、柔らかなお豆腐のような状態なので、衝撃にも弱いし、あまり熱にも強くありません。

 

でも、車のエンジン同様に、人が生活していく上で、働いてもらわないといけない部分です。

 

そして、働けば働くほど、熱を発生します。

熱に弱いのは、脳自身もわかっているので、熱に対しては、とても敏感です。

 

風邪などで、熱が出ると、頭がぼーっとしたり、考える事自体がめんどくさくなったりします。

これは、脳が熱を発生しないように、脳自身が自分の機能を一時的に制限をかけている状態とも言えます。

 

ここで、必要なのは、《冷やす事》なのですが、 この "冷やし方" がポイントになります。

空間の温度を下げて、頭の周りの空気を冷やす事で、脳の温度を下げる。

これは、先ほどの【空冷式】という方式です。

 

もちろん、暑い場所であれば、日陰や室内といった、涼しい場所に移動するのは、まず大切な事です。

ただし、脳そのものを冷やすには、少し時間がかかります。

高熱時や意識が朦朧(もうろう)としているときなどは、いち早く冷してあげなくてはいけません。

 

その時には、先ほどの【水冷式】のほうが効率が良いです。

 

頭に水をかける?

 

バケツに頭ごと入れる?

 

確かに、水冷式です。

 

ただ、これも、脳からすると、実は【空冷式にちょっぴりり水冷式を加えた】方式なんですね。

というのも、脳はとても繊細な器官なので、手厚く守られています。

 

まず、脳の周りには、何層もの膜があり、その膜の間には【脳脊髄液】とよばれる液体が存在し、その外側に頭蓋骨があって、筋肉があり頭皮になって髪の毛があります。

 

ですので、直接頭に水をかけても、脳に直接届くまでには、様々な壁があるのですね。

ただし、手っ取り早さでいえば、この方式なのかもしれませんが・・・

 

脳に直接的に関与するのは、【血液】になります。

脳も一つの器官ですので、血液から栄養をもらいます。 ですので、脳の内部には血管があり、そこに血液が流れています。

なので、この脳へ行く血液そのものを冷してあげることで、脳を直接的にしかも効率よく冷やすことができます。

 

脳を水冷式に冷やす方法とは・・・??

 

 

ここまで、だいぶ回りくどく書いてきましたが、

 

【氷枕、アイスノン】

 

結局のところ、これです。

 

これも、"冷えピタのように"おでこ(額)を冷やすよりは、頭の後ろ、首と頭の境目あたりを冷やした方が良いです。

 

心臓から出て首を通過して脳に入る血管が通る場所なので、首の後ろあたりを冷して、脳に入る血液を冷してあげる事が大切になります。

急激に体温を下げなければならない場合、 脇の下、股関節の前側、首の横といった、太い血管がある部分を冷やす事もあります。

 

ここまで、脳が熱に弱い事、 そして、熱に敏感な事、その脳の冷やし方、 について書いてみました。

ただ、これは一般論といえば一般論なので、ここからが、本題なのですが、長くなりましたので、一旦 休憩しようと思います。

 

熱に弱くて敏感な『脳』

 

最後に、

要するに、暑いは暑いけど、その暑いと感じているのは、熱に弱く敏感な【脳くん】であって、 別に身体自体はそんなに熱く思っていないという事もあります。

暑い暑いといって、エアコンで空気ばかりを冷やして、脳くんを基準に温度設定していると、体を冷やし過ぎているという事になります。

ですので、寝るときなどは、氷枕、アイスノンで脳を水冷式に冷やしてみると、体感温度が変わってきますので、そこまで空気の温度を下げなくてもよくなることがあります。

温度管理、体温調節に関しては、今の時期、かなりデリケートな問題ですので、あくまでも、無理をせずに行ってください。

 

最後の最後に、

寝ているときは、良いとして、日中、活動しているときは、氷枕を首に当ててるのは無理ですし、 それでも、最近は首元を冷やすグッズも多くみられるようになってきました。

そういったグッズを使うのも大切ですが、 ご自身の身体に備わった、自然水冷装置をフル活動させる事も大切です。

この自分自身の身体にある自然水冷装置に関してが、本題だったのですが、 また次回にさせてください。

 

最後の最後の最後に、

毎度になりますが、ここまで根気よく読んで下さった方、本当に有難うございます。

 

 

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目もストレッチしましょう!

視線の事

 

 

最近、視線を水平よりも上の位置に上げる事ありますか?

 

久しぶりに電車に乗る機会があったのですが、

ほとんどの方がスマホ、本、新聞と、少しうつむいた姿勢で、視線を下げている状態です。

 

現代では仕方のないところだと思いますし、誰がどんな時にどんな姿勢や体の使い方をしていても、それを是正しようとかいう話ではありません。

 

あらゆる運動や日常生活の動作は、その種類によっても、動作の傾向があります。

 

 

例えば、ゴルフや野球など、スイングの方向がほとんど同じ方向の競技の場合でも、それを均等にやろうと思う方が無理です。

 

ただ、その競技をやっている方は、やはりそれなりのケアをされていると思います。

 

 

 

それは、筋肉も含めて体の機能というのは、使わない所は、使わないなりの状態になりますし、使う頻度が高い所は、使う頻度がたかいなりの状態になります。


 

『〜なりの状態』

 

 

 

『〜なりの状態』この表現を使ったのは、

 

使わなければ “衰える” とか   “硬くなる” 、使い過ぎると “硬くなる”  “筋疲労が蓄積される” のような、単純な事ではないですし、使い過ぎと、使わな過ぎの線引きもかなり個人個人で幅があります。

 

ただ、一つ言えるのは、同じ動作を繰り返す頻度が多いほど、偏りや傾向は生まれます。



 

そして、身体の大きな動きや、自分でも自覚できている事であれば、まだ対処がしやすいと思うのですが、普段の日常で必ず動かすけど、それほど意識しては動かしていない部分。。。


 

代表的な所で言うと、

 

眼球運動・・・・目の動き

 

呼吸

 

顎の運動(噛み合わせ)

 

このあたりは、当たり前のように毎日使っているけど、そこまで意識していない部分だと思います。

 

これらの運動も全て筋肉が絡んできます。


 

【内斜視】

 

 

ここ最近、ニュースにも取り上げられていましたが、

 

スマホなどの近くのものを凝視する時間が多い事で、

 

眼球(瞳)の位置が、内方へ寄ってっしまう、【内斜視】というものがあります。


 

目の使い方なんて、普段あまり意識しないと思います。

 

眼精疲労や目の奥の痛みなどの症状が現れてやっと意識する程度だと思います。

 

ただ、まだ症状が目に現れている状態はある意味で意識するので対処する気にもなるかと思いますが、

 

目に症状が現れていなくても、目の使い方の影響で、体の方へ症状が出てくることがあります。

 

肩こり、頭痛、噛み合わせの症状などもですが、膝や下半身の症状すらも、辿っていくと目に関連していたという事も少なくはないです。


 

最近では、様々なトレーニングや体操、食事やサプリメントなどもご自身で気をつけている方が多く、それはそれで一定の効果があると思います。


 

というのも、体そのものの状態は、特別に悪くない方が多いと感じます。


 

『体が悪くないのに、なんで、こんなに体の不調があるんだ』

『こんなに体に気をつけているのに、なかなか不調が改善されない』



 

それは、体そのものの状態というよりも、その使い方や習慣に問題があるということもあります。


 

例えると、車のメンテナンスはしっかりしているし、いつも整備はばっちりしている、

 

だけど、何故か、故障が後を絶たない・・・

 

車のディーラーさんも、毎回整備たびに、故障箇所は教えてくれるけど、何故、その故障が起こるかが分からない。

(プロのディーラーさんならば、故障箇所を見ればだいたいわかってっしまうでしょうが・・・一応、話の流れとして)


 

運転中の急発進や急ブレーキが癖になっていたり、ギヤを適時、適切なギヤを使っていない、とか、自分では当たり前のようになっている癖や習慣がそこにあるとすると、なかなかそこに気がつくのが難しかったりもします。

 

目もストレッチ!!

 


 

目も、左右上下に視線を動かした時に、動かしにくさなどを感じたり、

 

遠くや近くに視点を動かした時に、ピントが合いにくいと感じる場合、

 

眼球を動かしたり、焦点を合わすレンズの厚さを調節する筋肉の使い方が偏ってしまっている場合があります。


 

日常の中で、体のストレッチを行うように、眼球を動かす筋肉を大きく動かしたり、

 

近い所ばかりでなく、遠い所を見る時間を積極的に作るなども効果があると思います。



 

施術の中で、頭蓋骨の調整をさせて頂くことがあるのですが、

 

目に関連する頭蓋骨はとても多いです。

 

代表的な所で言うと、おでこ(額)の骨や、頬(ほほ)の骨、そして、目の奥にある蝶形骨。

 

このあたりの骨は、肝臓や胆嚢、膵臓などの内臓との関わりや、自律神経、ホルモンなどの要所でもあり、目の疲れから波及してくることも考えられます。


 

先ほども、お話しましたが、

 

今抱えている不調と、その原因がはっきりと結びつきずらい事もあります。

 

逆に言うと、それだけ、はっきりとした原因になりうる、筋肉や骨格を含めた部分においては、大部分の方が気を使っていらっしゃるのだと思います。

 

それでもなお、なかなか改善されない事がありましたら、一度ご相談頂ければと思います。

 

 

原石を磨く

 

 

ダイヤモンドの輝き

 

金の輝き

 

プラチナの光沢


 

光り輝くものには、魅力があります。

 

好きな方は、たとえ高価であっても、その対価で得られる価値を求めます。


 

ただし、

 

ダイヤモンドの原石

 

金の自然な状態

 

プラチナの自然な状態

 

を、そのまま、得ようと思う方は、そこまで多くないのではないのでしょうか?


 

原石や自然な状態から、自分が欲している輝かしい状態までの、道のりが長いこと、そして、そもそもその工程すらも知らない。

 

だから、原石や自然な状態のモノは、特に欲しくないけれど、輝かしい状態が欲しい



 

では、原石の状態からどのような工程を踏んで、その輝かしさがあるのかを知って、身につける、所持するのと、

 

全くもって知らないけれど、ただ輝いているから身につけている、所持するのでは、


 

そのモノに対しての、愛着や価値というものは、変わるものなのでしょうか?

そして、両者が見る、『輝き』は同一のものでしょうか?


 

僕は、それらを身につけていないし、所持もしていないので、分かりませんが、


 

磨き、育てる事で、輝きはしないかもしれないけれど、ダイヤモンドや金と同じくらい、状態や質が変わるだろうと思っているモノはあります。


 

それに関しては、愛着、価値、『個人的に感じる輝き』は、同一ではないと思います。


 

原石を磨き、輝かしいモノにするには、

 

まず、原石がどのようであるか、今の状態を認識する必要があります。

 

どの部分を削り、そして、どれくらい磨く事が必要か。


 

この時点で、こんな原石からは、輝きは生まれないと諦めたら、それはただの石ころです。


 

誰が、どうして、その原石を磨こうと思ったのかは、定かではないですが、

Google先生に聞いたところ、だいぶ話が長くなりそうなので結論はわかりませんが、

 

やはり、最初からその輝きが注目されていたわけではなかったようです、むしろその硬さに注目があったようです。



 

何かしらのきっかけがあり、その輝きにちゅうもくが集まり、そして、その原石に可能性を感じた人たちがいくつもの研鑽を重ねた結果、今のダイヤモンドがあるのでしょう。



 

その輝くであろう可能性に注目をして、実際に磨く。

 

1番身近で、1番磨きやすい原石に注目しないのは、ちょっとばかりもったいないですよね。

 

最初は、ただ握る事しか出来なかった、手と五本の指、今では、指一本一本をそれぞれに動かせたり、出来る方はピアノや裁縫なども出来るでしょう。

随分と細かい事ができるようになりました。

 

では、足の指はどうでしょうか?

 

右足を動かそうと思えば、右足が動く

 

当たり前のようだけど、それだって、少なからず原石を磨いた結果です。

 

その延長線上には何があるのか?

 

その輝きの可能性はどこまで続くのか?


 

興味ありません!?(笑)



 

まずは、原石とじっと対峙する。

 

そして、可能性を信じて注目してみる。

 

まずは、そこから。

姿勢は能力

姿勢は能力

 

例えば、体操競技で、平均台の競技があります。 あの数十センチの幅しかない足元で、ジャンプをしたり、回転をしたりします。

あの幅の上であれだけのバランス感覚で競技をする方々の、姿勢の作り方や意識のポイントなどは、すごく興味があります。

というのも、確かに平均台という普段の生活上ではあまり経験しない環境下で、あのパフォーマンスを行う事が競技であるならば、 その競技者のバランス感覚やその土台となる姿勢や動作などが、能力になっている事になります。

もちろん、競技なので、集中力などの精神的な部分も大きく関わっているとも思います。

 

ただ、私たちの日常も、平均台の上とまではいかににしろ、全く、バランス感覚が必要でないかといえば、そうではありません。

首の上にボーリング玉くらいの重さの頭を乗せて、胴体には内臓という、ある意味で形の定まらない水袋のようなものを釣る下げている状態です。

更に、それらを支える、骨盤や足の形状も決して安定しているとは言い難く、 股関節などは、骨盤に対して斜めに位置しています。

膝に関して言うと、ただ、乗っかっているだけの形状。

 

なので、平坦な所で、真っ直ぐ立っているという事自体も、実はバランスを常に取っている状態です。

 

例えば、平均台の上で、バランスをとり続けなければいけない日常だとすると、 ちょっと疲れそうですよね。

 

その疲れ方も、平均台の選手とそうでない方だと、おそらく違いがでるのだと思います。

姿勢やバランス感覚の違いによって、疲労の度合いも変わるのだとすると、 平坦な地面で日常を過ごすの中で、疲れにくさであったり、肩や腰の疲れの部分でも、 姿勢やバランス感覚というのは、十分にその要因となり得ます。

 

普段の生活や人生 は 壮大な競技

 

 

普段の生活、人生を大きな競技だとするならば、 その姿勢やバランスは、とても大切な人生における能力になります。

 

最近では、テレビなどでも、姿勢に関する内容が取り上げられたり、それに関する商品なども数多くあります。

 

ですので、姿勢の重要性は多くの方が認識し、意識されていると思います。

 

姿勢を意識することで、日常が楽になったり、首や肩、腰、膝の不調などが改善されていれば、特に問題はありませんが、 なかなか改善されない場合、それは、意識的に作られた、表面的ないい姿勢に留まっている可能性があります。

 

表面的な外見上のいい姿勢は、無理な力が入ったり、その方の偏ったイメージでの姿勢になってしまうので、あまり楽ではない事が多いです。

良い姿勢は、表面的な部分に無理な力が入らない為、その姿勢をとり続けてもあまり疲れません。

 

能力としての"姿勢"で言うのであれば、その姿勢が楽な状態であるのだと個人的には思います。

 

そんな、能力としての姿勢を、身につけたとしたら、

 

大袈裟かもしれませんが、 僕は、一生の財産になると思っています。

 

最近では、痛みや不調がそこまで酷くなくても、 姿勢や普段のご自身の体調を整えるために姿勢を整えたり、今よりも更にコンデションを上げていきたいという要望の方も増えています。

 

痛みを少しでも改善させたいという方には、

 

もちろん、出来うる限り最短で、その辛さを改善することを最優先にしていきますが、 その改善の過程でも、やはり姿勢の習慣や動作の習慣というのは、避けて通れない場合もあります。

 

いずれにせよ、 姿勢は能力であり、財産である 良い姿勢は健康のバロメーターである という事は、皆さんにあてはまるのだと思っていますので、

 

分かりやすく、施術を通してお伝えしていければと思っています。

 

姿勢は必ず変わります。

 

姿勢はあなたの能力ですし、かけがえのない財産、宝と成り得るものです。

首の痛み/体との対話

首が普通に動くことは、普通?

 


 

誰かに呼ばれて、振り返る。

 

興味があるモノの方向を向く。

 

顔を向けたい方向があれば、その方向に顔を向けるように首を動かす。

 

普通に出来ていた事が、普通に出来なくなると、とても不便ですし、

 

何故!?ってなります。

 

そこに加えて痛みなどが伴えば、この痛みは一体なんなんだ?と、不安も伴うかもしれません。


 

これが、算数の計算だとしたら。

 

途中の式を見直したりしたら、やり方が間違っていたことは容易にわかると思います。

 

小学生の頃に教わったであろう、計算のプロセスがあるからですね。

 

ただ、首の動きは、特別に誰かに教わったものでもないので、その途中式がどうなっているかが、わからない。というか、知る必要もなかったんですね。


 

更に言えば、その首の動きという途中式を知ったところで、全て意識的に出来るほど、単純なものでもありません。

 

何故、単純ではないかと言えば、何層にも複雑にすることで、お互いに助け合って、そう簡単には、動けなくなったり、痛くなったりしないようにしているのです。

 

裏を返せば、痛くなったり、動かなくなってしまった時には、

 

なかなか複雑に原因があって、それ相応の期間も経ている事になります。


 

このような背景を持った、首の痛みや、動かないといった症状と向き合う時に、

 

理屈としての、首の運動の仕組みも大切ですが、

 

人の運動には、複数の運動が同時に行われながら、滑らかに動くという特性があります。

 

この滑らかな動きというのは、反復しながら覚える一面と、動かす際に、どんな目的で、何を意識するかという、形があるようでない側面もあるため、

 

原因が明確でない、というか、ご本人の自覚として、何故、現状に至ったのかが明確にならない場合が多くあります。


 

病院に行って検査をしたけれど、それほど問題があるわけでもないのに、何故か、年に数回痛みがやってきたり、慢性的に動きが良くない、ある方向に動かすと痛みが伴うといったような、ご相談を受けることがあります。


 

このような場合、その動きを診させて頂くと、

 

“してほしい動作”を無意識にしなくなっている or  出来なくなっている

 

“してほしくない動作(≒身体に負担のかかる動き)”を無意識にするようになっている

 

といった、痛くなる動作、動かしにくい動作が、癖になって、それが“普通”になってしまっています。

 

補助的に誘導すると、痛みが軽減するけど、

 

補助なしで、ご自身で動かすと、やっぱり痛い。

 

この癖やパターンを修正する。

 

算数の計算で言う、途中式をもう一度、身体に教える必要があります。




 

小脳 と 巧緻性(こうちせい)

 





 

動きの滑らかさ・・・・・専門的に言うと『巧緻性(こうちせい)』とも言います。


 

一つ一つの運動が上手く結び付いて、滑らかなで自然な運動を創るのですが、

 

それを司っているのが『小脳』と呼ばれる部分になります。

 

生理学的には、反復することによって、小脳の働きによって、巧緻性が増していき、無意識に自然で円滑な運動が行えるようになる。

 

と書いてあった気がします。

 

ただ、これには少し足りない部分があると思うんです。


 

恐らく、反復することで、巧緻性が増すのは確かだと思います。

 

ただ、同じ回数反復した、数人の人が同じように、巧緻性が増すかというとそうでもないときがあります。

 

もちろん、年齢や体格などの問題も多少はあるでしょう。

 

もうひとつ、要素として大きいのが、『意図』・『意思』・『目的』・『目標』という部分が明確かどうか、この部分でも大きく差が出てくるんだと思います。


 

目標や目的は明確に持っているけど、それが、運動や動作や表現、目の前の現実に反映されてこない場合、

 

その目標のイメージや意図の設定が、少しずれている場合もあります。


 

ボタンの掛け間違えのように、最初は気がつかないくらいのズレでも、どんどん時間や回数を重ねるごとに歪みが大きくなり、結果として、襟がすごいズレていた・・・・なんてこともありますよね。


 

脳でイメージされた、『こうしたい』 『こんなふうに動かす』 という、まだ漠然とした動作の指令が、首を伝わって、背骨の中を通り、あらゆる部分に命令を届けています。

 

その命令の通り道が、歪んでいて、正確に伝わらないと、動作もうまくいきません。

 

命令の発信元である、脳が疲れちゃっていたり、頭の骨の歪みによって、うまく情報を発信できなくなってしまっていても、結果として、動作はうまくいきません。

 

指令はちゃんと届いているけど、指令を受けた部分が、硬かったり、歪みが起きていても、

その指令通りに動かせません。

 

『こうしたい』 『こうゆうふうに動かす』 って思っている反面、

 

『実はあんまりこうしくないなぁ』 『こうゆうふうに動かすの好きじゃな~い』

 

って、指令がハーフ&ハーフでお届けされても、動作がうまくいかないときがあります。


 

指令を届ける役割の神経も、その道の途中に、山あり谷ありで、それを越える為には、栄養が必要です。

栄養が足りなくても、指令が上手く伝わらない。。。。



 

指令を発信して、届けて、動作をするって、大変。



 

文字で見ると大変。

 

理論上の原因を探れば山ほどある。

 

でも、そんな大変な事を、身体はいつも陰ながらせっせとやっています。


 

そんな身体が悲鳴を上げたとき、


 

どうしたのですか?

 

それは大変でしたね。お察しいたします。

 

大丈夫ですよ。少し休みましょう。

 

あなたの今までの頑張りの想いは、きっと届きます。


 

そんなに頑張らなくても大丈夫です。今のままでも十分ですよ。


 

と、細胞に働きかける事で、またいつもどおり動いてくれるようになります。


 

ご自身の身体から発信される、『痛み』や『不調』は、身体からの何かしらのメッセージです。

 

ただ、治ればいい、動くようになればいいのではなく、

 

ご自身の身体が何を伝えたいのかを振り返る良い機会でもあります。


 

そんな身体との対話のお手伝いが少しでもできればと思います。

 
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