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とりつかせいプラクティス.整骨院 日々の気付きブログ

貴重な体験を経験に

貴重な体験を経験に

『整骨院と体験』という事で話を始めると、


不調になった体験 か 不調から回復した体験


が、大半を占めると思います。

誰しも"したい体験"もあれば"したくない体験"もあると思います。


"したくない体験"の尺度は、万人に共通するものもあれば、個人個人で異なるものもあります。


出来る限り、体験には"良し悪し"の着色は加えずに、貴重な体験として受け取りたいと、個人的には思います。


そんな"想い"と現実そんな簡単ではない という話です。

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とある週始めの朝


とある朝


もしかすると、仕事始めの朝かもしれない

昨日までの休暇で、リフレッシュをして、


『さぁ!今日から、やるぞ!』

と、意気揚々と電車に乗る


車内でも読書

なんだか、文章がスラスラと頭に入ってくる。


それに応じたアイデアや行動意欲も湧いてくる


『いい週になるな^ ^』


乗り換え駅で次の電車を待つ


と、次の瞬間


《踏切事故により電車運転見合わせ》


『おいおい、どうしてくれる?この溢れんばかりのアイデアと行動意欲を?』

この瞬間の感情は怒りと憤り、そして、落胆と少し笑える


何故かと言うと、振り返ると、こう言うことはよくある気がするから。


『よしやろう!』


と、こちらは、"勝手に"やる気満々


でも、そんなときに限って、障壁がどこからともなくやってくる。

『なんて日だっ!!』『なんで今なんだ!』


ま、そんな事は、今ではなんとなくも慣れた気もします。

なので、少し笑える自分もいます。


この時の現実は、

『電車がとある理由で止まった、しばらく動かない』


という、事実と、


『せっかくやる気を出してた週初めだったのに、、、』


に、続く様々な感情と、これからどうする?という、迷いと未来予測。

これは、個人的な事実に対する解釈と解釈に基づく行動予測です。

私、個人の現実は、やる気を出して臨んだ週初め、


にもかかわらず、出鼻を挫かれたような、足止め。


様々な感情が入り乱れながらも、次の行動を見定め中

というもの。


なんで、こんな現実が起きたんだ!いつもこんなことばっかり!


と悲観的に思う自分と、


ま、こんなもんか。

さ、どうしよっかなぁー。


と、楽観的に思う自分。

現実と事実(現象)と解釈

現実は体験するもの(なのかな?そうだと思う。)

けど

その体験に何か違和感があり、現実を変えたいと思う


現実は体験するものでしかなく、

体験はするもので、その時点でのその体験は変えられるものでもない


それに違和感を感じる場合、


事実に対する自分の解釈を少しずつ変えていくことで、
これから先の体験が変わる


解釈は少なからず、過去の経験の影響を受けることがあり、


体験の積み重ねである経験は、自分自身を構築する膨大はデータバンクでもあります。


今の体験を良い経験とするか、悪い経験とするか、
もしくは良くも悪くも貴重な経験とするかで、そこから先の解釈が変わります。

今回のケースでは、出鼻を挫かれた経験に怒りや落胆などの感情が出てきたものの、


こうして、今日のタスクの一つの《〇ブログを更新する》にチェックが入れられる行動が取れたので、
良し!としましょう(笑)


解釈を変えて、様々な行動をflexibleに変えられるように成長してる自分。

柔軟性って言えばいいのに、フレキシブルとか使うあたり、
『いい週になるな』(^ν^)笑


ただ、

これもし、週末の夜、疲労感たっぷりで、帰宅できない状況だったらこんな悠長なこと言ってられないかもしれません。

体調、状況によっても、体験の捉え方は大いに変わると思います。

最近の様々な近況を踏まえても、体調は崩さず過ごせるといいですよね。


皆様の体調管理の一端を担えるような整骨院

カラダはもちろん意識も整える整体 を目指しております♪


それでは、皆様、よい一週間をお過ごし下さい(o^^o)


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長年の悩み と お友達

《長年の悩み》とタイトルで書きましたが、
"長年"といった時間の概念、感覚はかなり個人差があります。

当院にご来院していただいている方々も、大多数は、私よりも年齢的な先輩にあたる方々です。

その方々に対して、個人的な"長年の悩み"の経験を語ったとしても、それをどう捉えて頂けるかは、若干不安に思うところもあります。

ただ、怪我の数や不調の経験は少なからずあり、当時を思えば、辛い大変な時期もありましたが、今思えば、この仕事をさせていただくにあたっては、貴重で大切な時間だったのだなと思います

これを書いている、今この時間も、左の腰から脚にかえて痛みがうっすらとあったりもします。
原因や対処法はわかるのですが、もう中学生のころからの連れ合いなので、なかなか完全にはお別れできていない現状です。

でも、このひょっこりと顔をだす"痛み"から学べる事もあることも確かです。

そんな、自分の経験からの、"不調に対して思う事"を書いてみました。

是非、読んでみてください(^_^)


長年の悩み と お友達


ふと自分の日常を振り返ると、意外な交友関係に気がつきました。


気がつくと、いつも一緒だね。

そういえば、あまり意識してなかったけど、いつも隣にいた。

別に仲良いとは思ってなかったけど、ふと気がつくとそこにいる。

仲良いのかな?

いや、どちらかというと、気が合わないタイプだと思ってました。

【無理】くん 

【無駄】さん

【諦め】ちゃん


『そんなの絶対無理』『どうせ無理に決まっている』『才能、能力、道具、経験がないから出来ない』

結果はすぐに出るもの、すぐに結果が出ないのなら、今の目の前の行動、行為はすべて無駄である


そんな事を思う時もあります。


ありました。


効率、無駄排除、最速最短!!

確かに、方向を間違えると遠回りになる可能性もあるし、目的地に(望む期限内に)たどり着けない可能性があるとは思います。


だからこそ、迷うし、その最短最速の方向、方法をさがします。

その迷いや試行錯誤をしていた期間を学びや経験として、ストックしていくか、無駄であったと切り捨てるか。

一番身近な現実化のプロセスは身体

身体の痛みで言えば、薬という最短で効率的であるものは、その使い方次第では、最大の理解者で深い信頼の親友のような存在になる時もあれば、悪友のような存在になる事もあります。


自分の一番近い存在であるであろう、自分の身体。
その身体が思い通りにならない。
健康でいたい けど 何故か一年のうち数回は体調を崩してしまう

やる気ださなきゃ!
って思うけど、
そうもいかない。


どんな方法試しても、少しはいい気がするけど、結局また戻るし、、、


でも、宣伝には即効性って書いてあったし、みんな笑顔で効果抜群って...


例えば、身体の柔軟性やダイエットなど、理屈は難しくないけど、実際は、、、


これらは、様々なやり方の問題よりも、


それらを、やってみよう!と思った時や、目の前に現れる現実が自分の想像とは異なっていると思った時、


ふと、身近すぎて気がつかなかったお友達がひょこっと顔を出します。

その交友関係を断てってことじゃなく、どんな交友関係を望んでいるか?

それらを、少しずつ仲間に取り入れていくこと。


無理、無駄、諦め って交友関係も大切な時もあります。

出来る!忍耐!継続!


だけじゃ、身が持ちませんし。

前を向いて、前に進もう

と想って、

後ろ向いて、後ろ歩きする人は、

多くないかとおもいます。


ちゃんと、想いが現実に現れている。

でも、

前向いて、前に進もう、+疲れない姿勢で

という、プラスワンの想いが入ると、これが簡単ではなかったりもします。

自分の身体なのに。

もう無理。無駄。やめる?

いや、

出来るかも。続けてみようかな。


想いは 何かに 届いて 、なんとなく現実になっている。確かに。

じぁ、

少し視線をいつもよりも上にあげて、前を向いて前に進もう

あ、いつも、よりも少しいいかも。


疲れたくないときに、

疲れたくないって想いでは、あまり変わらなかったけど、

視線を上にあげてみたら、なんか少し違ったな。


じゃ、次は、、、


こんなに細かいステップは踏む必要はないと思いますし、

身体を整える施術

というのは、この複雑なステップをもう少し実体験を交えて、大きなステップを踏んでもらう事だと思っています。


中学生の頃に発症した腰痛

足首の骨折に伴う、歩き方、走り方の違和感と筋力差

働き始めて、初めて感じた、胃の不調

何気ない言葉がスムーズに出ない、吃り(どもり)のような状態


これらは、自分の過去の体験ですが、

一つ一つを日常生活で支障のないような状態にするには、今思うと、時間はかかったと自分では思います。


でも、変わった。変えられた事実が、

今の自分を後押ししてくれる事もあります。


ただ、


【現実はそんな簡単ではない。】くん


って、お友達も出来ました(笑)

物事を難しく考える癖ですねσ(^_^;)

【物事は意外とシンプルで簡単】ちゃん


ってゆー、お友達を仲間に入れている途中です。

自分 と 自分の身体 の周りにはいつも沢山のお友達が見守ってくれています。

お友達の人数やどんなタイプかってゆーことも大事ですが、様々な状況の中で手を差し伸べてくれるお友達に悪気はありません。

有り難く、誰の手を借りるか。


有り難く、誰に遠慮してもらうか。


いつも、有難う。また、今度お願いね。


手を差し伸べられているって有難いですよね。


みなさんの交友関係はいかがですか?


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ブログでお伝えしていきたい事

つい先日〈新年の挨拶〉のブログを更新したような気でいましたが、あっという間に2月になっていました。


毎年のように言っているような気がしますが、
今年はブログの更新をマメにやろう!と意気込んで新しい年を迎えましたが・・・


施術という限られた時間の中で、お体の事や、日常生活の事などを、こちらから質問させていただく事はありますが、
自分のことをお話しする機会というのは、あまり多くありません。

長年お付き合いのある方でも、
『初めて聞きました〜!!』『そんな考えなんですねー。』
と、言われる事があります。

もちろん、僕の個人的な情報は、特別、施術には関係ありませんので、それよりももっと必要性の高い情報のやりとりのほうが重要です。


ただ、施術は一対一の関係性でもありますので、
全く人間性もよくわからない人よりは、多少なりとも考え方などを知ってもらうほうが、少し安心感も違うのかなと思うこともありますので、
こういったブログなどを通じて、情報を発信できたらと思っていますので、気が向いた時に目を通して頂けたらと思います。

健康などに対する、個人的な考えなどは、今御覧になっていただいている『日々気づきのブログ』でお伝えしていきます。


また、実際の施術事例などを踏まえて、身体に関係すること、健康に関係すること、どのような施術を行なっているのかなどは、『施術事例』の方でお伝えしていきます。


ご自身と同じようなお悩みの方やその症状など、その原因や改善策、日々気をつけた方が良い事など、参考になる情報をお伝えしていきたいと思います。


SNSの時代に若干取り残されてる感はありますが(笑)

地道にやっていこうとおもう所存ですσ(^_^;)

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2020年 本年も宜しくお願い致します!

2020年 令和2年 が始まりましたね。

本年も宜しくお願い申し上げます。

今年の目標はもう既にお決まりでしょうか?

大きな目標であったり、日々の目標であったり、それぞれ目標をお持ちかもしれません。

『健康に日々を過ごす』

という、当たり前のような項目も一つ加えてみるのはどうでしょうか?

昨年末もインフルエンザの大流行で例年の6倍の罹患率であるといったニュースが流れていましました。

年間を通じて、健康を維持するというのは、意外と簡単なものではないのかもしれません。

そして『健康』というものも、人それぞれの認識が異なります。

やりたい事、したい事が出来ること、挑戦出来る事

そんな状態が『健康』のまず根底にあるのではないかと、僕は考えます。

したい事が出来ない、挑戦も出来ない状態は、

とても苦しいと思います。

そして、まず御自身の体の状態を良い状態にすることが大切ではないかとも思います。


そこで、今年の目標の一つとして

『健康に日々を過ごす』

という項目を入れて、その上で、御自身のしたい事に挑戦してみてはいかがでしょうか?


そんな、皆様の目標のお手伝いを、施術を通じて出来ればと思います(^^)

元日の朝の空は、何故かいつもより澄んでいる気がします(^_^)

本年も皆様にとってより良い年でありますように!

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2019年を振り返って

昨日、12月29日で、2019年の治療納めとなりました。
最終日という事で、遅い時間のお予約になってしまった方や、残念ながら御予約を承れなかった方もいらしゃいました。


予約枠の調整や年末年始や長期休暇の事前告知などで、極端な予約の集中をさせない等、まだまだ院の運営としても課題があり、御迷惑をおかけしてしまったなぁと、申し訳なく思います。

施術の内容もちろんですが、院内のレイアウトや予約の調整など皆様の健康増進の一環としてスムーズに、且つより足を運びたくなるような治療院を目指していきます。

2019年も皆様のお陰もあり、無事に終える事が出来たこと、

そして、こうして施術を通じてたくさんの方と出会えること、

とても、有難く感謝致します。

治療の業界で仕事をさせて頂いてから、13年が経ち、

中野区 都立家政 の地で、店舗を構え、5年目の年となります。

当たり前の事を当たり前にせず、貴重な時間のなかで起こった事実である事を認識し続け、1日1日、お一人お一人の施術を最高で、最適なものに出来るようにしていきたいと思います。

令和元年  12月29日

とりつかせいプラクティス.整骨院 
院長 塚田 明樹


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なにかある

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何もなくても、何かあると思う

何かあると思うと、結構楽しい

何もないとつまらない

 

何もないことってあるのだろうか?

 

何もない? 何かある

 

 

『つまらなーい』 子供の頃、雨が降ったり、休みの日で何もする事がないと、よく親に言っていまっした。

 

すると親は、 『大丈夫、詰まってるから』 と、返答が返ってきます。

 

つまらない と言っているのに、詰まっている と返される。

 

『いや、詰まってないから、つまらないんだよー』

答えのない不毛なやりとりに、既に怒り半分な状態

 

『十分に詰まっているから大丈夫』

『外にでも 行ってきな』

 

親の真意は分かりませんし、もしかしたら、単純に面倒で言っていたのかもしれません(笑)

 

でも、結果、外に行ったり、

ありがたい事に近くに、山、川、神社の広場などがあったので、そこに行ったり、

ただ、自転車でウロウロしたりすると、色々な面白いことがあるもんですね。

 

確かに、詰まっていたわ(笑)

↑ これも今となってはですが。

 

こんなやりとりを何度か繰り返すと、

この親の前では、『つまらない』は通用しないと、僕も思う訳です。

 

すると、そういう場面に出くわすと、自然と外に行ったりするようになったんですね。

 

『つまらない』という概念が薄れていきます。

『確かに、つまらない事ってないのかもなー』

 

何もない空間は存在しない 何もないように思える空間ですら、次次と"何か"が 存在し始める。

 

つまらない空間などはなく、 既に詰まっている あの時の、言葉って意外と含み持たせてるの!?(笑)

 

そんな事をふと思う、ひとときでした。 有難い、親の言葉ですね。

変わらない事に気がつく

気がつく事

 

 

新しく出来たお店、新商品、髪型を変えた人など

 

変化に対して気がつく

 

それに対して、

何も変わっていない、誰も変えていない事に対して、

 

変わらず在る事に気がつく

 

同じ『気がつく』でも、

 

変化に対する気づき 

不変に対する気づき

 

どちらも大切だと思います。

時代や時間の進行と共に変わっていくことがあります。

特に最近は色々なことが速いですよね。

そういった変化に気がつき、そこについていく、または、その変化に対応したり、順応したりする。

そのサイクルが速すぎて疲れる事もあります。

 

疲れると、身体が 『ちょっと待って・・・休ませて』 と、お願いすることがあります。

そして、加えてお願いしていることがある気がします。

『変わらない事、当たり前に思える事に気がついて』

 

身体が不調になると

何故、思い通りに動かない?? と、疑問が湧きます。

 

でも、調子がいい時に、 何故、身体は動くのだろうか? とは、なかなか思いません。

 

当たり前のような事が当たり前じゃなく思える事も大切な気付きだと思うのです。

 

施術後のお会計の際に、

『ここにクリスタル置いたんですねー』

『綺麗ですねー』 と、仰ってくれた 方がいました。

 

実際には、そのクリスタルは、もう半年以上置いてあるものです。

でも、その気づきが垣間見れた時、 『きっと、身体も良くなっていくだろうな』と確信しました。

 

気づきの感度を上げていく事も、体を整えていく上で大切な要素だと思っています。

 

割とソフトな施術をします。

 

強い刺激で感度が鈍くなっていると、身体はあまり良い方向へ向かわないことが多いです。

 

時と場合にもよりますが♪( ´▽`)

バランスを整える時に大切な存在

満腹は幸せ でも バランスは??

 

たくさーん食べて、お腹いっぱいの時、

昨日食べ過ぎた・・・お腹重い・・・

 

そんな時に、いい姿勢でバランスよく動くって難しいですよね。

それでも、まぁまぁ動けます。

それは、バランスを取る主役は、目や耳といった、顔周辺にある感覚器官だからなんですね。

腸を労わるのと同じくらい、目や耳もにも優しくしよう!というお話です。

ちょっと長いですが、ぜひ、お付き合いください。

 

 

腸に優しい方々増えてます!!

 

ファスティング・断食・腸活

食事の質であったり量であったり、腸にとって負担がかかりすぎるということで、腸そのものを休めたり、溜まった毒素を排泄するという目的で、断食や1日1食などの食事法が進められています。

これに関しては、腸に関して言うのであれば、僕も賛同しますし、実際に食事を摂らず、水分とミネラルなど最低限の栄養を摂り、出来るだけ腸への負担をかけない生活をする時間を取ると、調子が良くなる感じがするのは実感します。

ただ、食事法は個人個人様々な背景がありますので、無理に一つの方法を強引に推し進めるのはお勧めできませんが、 『腸を休める』時間を取る事は、現代ではとても重要だと思います。

 

一度口から入った食物は、胃から小腸、大腸と巡り、消化吸収され排泄されるまで、約24時間かかるそうです。

それだけ、食べ物を体内で必要ー不必要を仕分ける事って時間がかかる大変な作業なんですね。

だから、たまには腸にも休息を与えると考えれば、1日の中や一週間の中で、腸に優しい時間を作ってあげようと思えてきますよね。

 

必要なものと不必要なものを選択処理しているのは 

    『腸』 だけじゃない!

 

 

今日の本題はここから。

 

口から入った食物は処理が完了して、不要なものを体外へ排泄するまでに、約24時間。

 

では、目から入った情報は、どれくらいの頻度で処理されているのか、 耳から入った情報はどうでしょうか?

目から入る情報や耳から入る情報は、自分が意識的に認知している量よりもはるかに多いです。

そうでなくても、流れている情報が多く、欲していなくても入ってくる状況です。

能動的に受け取る情報と

受動的に受け取ってしまった情報、

そして反動的に受け取りたくないけど、仕方なく受け取らなければならず受け取った情報。

 

それぞれに、処理する負荷に違いはあれど、 1日の中で、1時間の中で受け取る情報はかなりの量です。

 

食物と情報では、処理の質は違うにしても、目や耳は全く平気か?と質問したら、

『なかなか大変です』 と、

答えが返ってきてもおかしくはなです。

 

例えば、胃や腸は、食べ過ぎたりしたら、重さを感じます。

内臓も正直です。 疲れた時は、ちょっと位置が下の方や後ろの方へ下がります。

 

では、目や耳はどうでしょうか?

 

『目』や『耳』にも優しさを。

 

目は眼精疲労をお持ちの方ならお分かりかと思いますが、 重かったり目の奥が痛いという事がものがたるように、 目も、疲れると位置が下や後ろの方へ下がります。 


これ、耳にも起こります。

 

人全体で考えても、苦手なモノや、今は欲しないものと対峙したときには、ちょっと体が重くなったり、少し後ろへ引かれる感じはしないでしょうか?

この感じが、臓器単体や目や耳にも起きてもおかしくはないと思います。

情報量の多さなのか、その質なのかはわかりませんが、 目や耳も疲れて 『もう見たくない、聞きたくない』 と、後ろへ下がっています。

 

もちろん、休めてあげる事は大切です。

ただ、休めるために位置を変えた状態で、日常を過ごす事で、体のバランスを崩している状況があります。

 

お腹いっぱいで、胃や腸が重い時に、真っ直ぐいい姿勢で立ちづらいですよね。

 

それでも、そこまでバランスを崩さずに動けるのは、 目や耳、といった、顔周辺にある感覚器官がバランスをとるからなんですね。

では、目や耳をふさぎながら、真っ直ぐに立って、歩けるでしょうか?

目の位置が後ろに下がる状況は、少しまぶたを閉じるように、半目の状態にするとできます。

目を半目の状態でうっすらと開けている時と、 大きく開いた状態とでは、体のバランスは大きく変わると思います。

これが日常のなかで知らず知らずのうちに起きている状況です。

 

バランスの取りずらい姿勢をとっていると、体は疲れやすいです。

体のバランスを保つために大切な要素となる、目や耳の位置を整えておく。

 

そんなに長い時間でなくていいので、

 

  1. 目を前に出すように、大きく開く。
  2. 耳を外側に広げるように、普段よりもより遠くの音を聞くようにする 。

 

これだけでも、朝の行動前に取り入れてもらうだけでも、すこし動きやすさが出ると思います。

 

頭蓋骨調整と自律神経と身体のバランス

 

 

眼球の位置や耳の位置と関連する頭の骨があります。

蝶形骨と側頭骨という骨です。

二つとも、自律神経とても関わりが深く、 また、尾骨や骨盤などにも関連のある骨になりますので、自ずと、身体のバランスにも関係が出てきます。

 

普段のセルフケアとともに、これらの頭蓋骨の動きを整えておく事は、体調を整えたり、体のバランスを整える上では重要になります。

 

今回のように、大きな台風の前後は、気圧の変動と共に、体にも変化が起きています。

変化すること自体は問題とは思いませんが、 あまりに変化が多くそして、大きいと、その蓄積により、体調へも影響が少なからず出てきます。

一つ一つが小さいうちに、あまり積み残さない事が大切です。

 

やっと風も収まった感じです。

一夜明けてみないと、全体像は見えてきませんが、 あまり被害などが大きくならないことを願います。

 

当院では、初めてですが、雨漏りが・・・発生しました。 建造物のケアは専門外なので、ちょっとナーヴァスですが、共に日々過ごしている仲なので、労ってあげないといけませんね(>人<;)

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ブレを小さくする

ぶれる とは?

1、あるべき場所から振れ(ふれ)動く。

2、意志や政策が一定しなく、優柔不断である。

(wiktionary参照)

 

当たり前のことかもしれませんが、 止まっているよりも、動いているほうが、エネルギーは使います。

そして、その動く距離が大きい、または、回数が多いほど、エネルギーは多く必要となります。

止まっているよりは、動く方が 歩いているよりも、

走っているほうが 踵上げ運動よりも、ジャンプしたほうが 使われる体力が多いのはなんとなくわかる気がします。

 

同じ歩くにしても、足元が平らで安定している場所のほうが、不安定な場所よりは、大変ではなく、楽だと思います。

人が楽と感じるのは、このエネルギーの消費という観点からすれば、体の動く量が小さく、少ない時なのでしょう。

 

では、同じ場所で、同じくらいの速さで歩いていたとしても、楽と感じる場合と、そうでもない場合があるのは何故なのでしょうか?

また、立っている時や座っている状態の時は、 体の移動はしていないのに、楽と感じる時と、そうでない時があったり、

人によって、楽と感じている人と、そうでない人がいるのは何故なのでしょうか?

 

それは、動いている、動いていないといった、動作の種類の違いや立っている、座っているといった姿勢違いに関わらず、 その個々の『状態』にブレがあるか、ないかの違いです。

 

『状態』=『姿勢』ということでしょうか?

 

体の構造の課題に焦点を絞れば、そう言うことになります。

体の構造の課題である、歪みを整えて、『姿勢』が良くなれば、 歪みがあって、『姿勢』が良くないよりは、楽になると思います。

ただ、 『姿勢』が物凄く良い人が、 走りたくもないのに、走らないといけない状況で、『姿勢』良く走ったとしたら、 恐らく、楽ではないでしょう。

それは、姿勢は良くても、『状態』が不安定だからですね。

 

この場合の『状態』は、したくもない事をしなければいけないという、自分の意識のブレです。

 

身体的な姿勢のブレと、意識的なブレを少なくすることで、その『状態』のブレは少なくなり、結果として楽な状態になります。

 

短絡的に言えば、身体、姿勢を整えて、自分がやりたい事をしている状態が良いと言えるのだと思います。

 

姿勢は外見上の変化が実際に見えるので、そこまで、表面的と潜在的な部分での違いは出にくいですが、 意識に関して言うと、表面的な部分と潜在的な部分との違いがある場合があります。

 

裸のまま生まれてきた赤ちゃんは、それまでお母さんのお腹の中で羊水と呼ばれる液体に囲われていました。

その皮膚に当たる環境が急に空気に変わり、いつしか、服を着ることが当たり前となり、皮膚には大半の時間衣類が当たることになっています。

それでも、潜在的な部分では、肌触りのよいものを好んだり、適切な温度の湯船につかる事で、リラックス出来たりします。

 

当たり前のような事だけど、そこには表面的な部分と潜在的な部分のブレがある事になりますよね。

 

生きていく上で必要な事 と 本能的に求めている事 には、 違いがあります。

 

違いを感じるからこそ、『ブレ』が発生し、その『ブレ』がまた新しい『ブレ』を増やしていきます。

 

違いは悪ではなく、それが生物としての進化を生むことも確かです。

 

様々な体験を繰り返す中で、生きていく上で必要な事と本能的に求めている事の違いに、ある意味、"落とし所"をつけていきながら、成長していきます。

 

この "落とし所" は、『解釈』 とも言えると思います。

 

そして、この『解釈』が、ブレを生んでいくのだと思うんですね。

決してブレが悪いということを言いたいのではなく、 そして、ブレを小さくしてはいきたいけど、完全に無くしたい訳でもないのですね。

 

不安定で、ブレ易いからこそ、そこに自由度があって、可能性があるのです。

 

ブレが大きくなったら、また、修正しブレを小さくする。

 

それを繰り返す中で、 社会的な必要性 と 本能的な欲求 の間には、確かに違いがあって、どこか妥協したり、抑制したりしないといけない部分もあるかと思います、

ですが、 その両者間には、違いだけでなく、共通項、関連性や繋がりがあったり、

どちらが優位かという、縦の繋がりだけでなく、

互いに協調する、横の繋がりでもあることに気がついていくのかもしれません。

 

身体が疲れる、身体が不調になる、 そこには、ブレが存在する 疲れたり、不調を経験したからこそ、ブレの存在に気がつけた。

 

そして、そのブレを小さくすると、 その疲労感や不調が緩和する。

大きくなったブレを小さくする。 その経験・体験の中で、様々な事に気がつく。

となると、 疲労や不調は、気が付ける何かに出会うための経験や体験という事にならないでしょうか?

 

ブレを小さくすると、歩いたり走ったりするのが、とっても楽です♪

と、今朝、ジムのランニングマシーンでの出来事を気楽な感じでお伝えしようと思い書き始めたのですが、

 

そんな思いとは裏腹に、ブレブレな文章が完成してしまいました。

 

今回も最後までたどり着いて下さった方、有難うございましたm(__)m 

 

 

フィルター

フィルター

 

一番身近なところでいうと、掃除機でしょうか?

掃除機は、ゴミを空気と一緒に吸い込んで、吸い込んだゴミだけを残して、空気を外へ排気します。

ゴミと空気とを分離させる時に『フィルター』というものが必要になります。

今の掃除機は何段階、何層にも様々なフィルターを通すことで、ゴミと空気を出来るだけ細かく分離して排気する空気の中にゴミを残さないようにしています。

 

フィルターは、必要と不必要との間に存在します。

 

何を必要とし受け入れて、

何を不必要とし拒否するか、

 

柔軟か頑固か。

 

どちらも必要な要素です。

 

何に対して、寛容で、

何に対して、否定的か、

 

どんな条件のフィルターを自分は持っているのだろうか?

 

そのフィルターは、なにかの弊害になってはしないだろうか?

 

ま、そんな事は知らなくても、考えなくても良いのですが。

 

構造や仕組み自体は、機械とかと同じようではあるものの、

 

その一様でない様子は、やっぱり生物、ことヒトというのは、面白いなと思う、火曜日の夜でした。